いつもブログを読んでくれてありがとう・・・。
今日は皆さんにこの曲を贈ります。
みんな違ってみんないい!
どんな人生にも意味がある!
いつもこのブログを読んでくれててありがとう・・・![]()
http://www.youtube.com/watch?v=J0TrSvdNEL0
楽しい子育てを広めよう! 2つのランキングに参加中。 上のロゴをクリック、ご協力を!
今日は皆さんにこの曲を贈ります。
みんな違ってみんないい!
どんな人生にも意味がある!
いつもこのブログを読んでくれててありがとう・・・![]()
http://www.youtube.com/watch?v=J0TrSvdNEL0
楽しい子育てを広めよう! 2つのランキングに参加中。 上のロゴをクリック、ご協力を!
「星飛雄馬も泣いていました・・・」
「左門豊作も泣いていました・・・」
「伴 忠太も泣いていました・・・」
今日、足利で親子関係セミナー(スマイル)のフォローアップ講座をしてきました。
みなさん勉強熱心で、さらなる実践段階に入り、充実したセミナーになりました。
私は、足利まで車を運転し、明日の後継者倫理塾第6期生修了式の事を考えていました・・・。
修了証書を渡すときのBGMがGreeenの「遥か」です。
運転しながら涙があふれ・・・
帰りも、そのことを思うと涙があふれ・・・
止まりませんでした。
多分、明日は飛雄馬と伴(左)のシーンになり、二人のような涙を流すことになると思います。
みなさんは、どの涙を流してますか?
http://www.youtube.com/watch?v=xNOcinNkyzE楽しい子育てを広めよう! 2つのランキングに参加中。 上のロゴをクリック、ご協力を!
言葉を理解するのに少し時間がいりました。
彼はこういったのです。
「鈴木先生は右腕に障害があると仰ったのですが、実は私も交通事故で20年前に右足を失ったのです。
動脈がダメで、気づいたら足がありませんでした・・・。」
更に彼はこう言いました。
「私は、病院でお世話になり、感謝しています。私にできる恩返しは何か?と考えて製薬会社に入社したのです。」
私は、感動しました。
彼は「社員の心を掴む研修」公開セミナーに参加して下さった某製薬会社のMさんです。
「色々なセミナーや研修を受けてきましたが、今までで一番感動したセミナーでした」と言って頂き、彼の会社を訪問して、初めて彼が義足であることを知らされました。
感動したのは、Mさんの心が素直だからだと私は思います。私こそ、Mさんの生き方にこそ感動と勇気を頂きました。
人は、2つの道を選ぶことが出来ます。
1つ目は、環境や境遇・他者のせいにして自分の人生を不幸にしていく人。
2つ目は、環境や境遇をバネにして自分の人生を勇気を持ち歩いていく人。
周りが問題なのではないのです。
自分が決めていると言うこと。
自分を変えないで、相手を変えようとするから腹が立つのです。
その人の人生の主役は「その人自身」です。
皆さんは、どちらの人生を選んでいますか?
今日は、午前中に足利しゃんしゃん広場にて「夫婦関係を良くする方法」のセミナーを行い、午後は大宮にて「埼玉県倫理法人会執行役員会」で、その足で飯田橋に向かい明日の公開セミナーの準備をします。
明後日の午前中にオフィスに戻る予定です。
「子育てブログ」をぽちっとお願いしま~す。
応援はこちらから→
楽しい子育てを広めよう! 2つのランキングに参加中。 上のロゴをクリック、ご協力を!
涙をこらえながらAさんは、気持ちを語ってくれました。
そこからカウンセリングが始まりました・・・。
1回目のカウンセリングでは、事情や状況をお聴きし、理解する事に務めました。
そして、2回目・・・。
本当は、お母さんへの甘えたい気持ち、それが出来ない悔しさ・・・
色々な感情が交錯していく中で、声を出して叫びました。
自分の中のお母さんと話しをしました。
彼女の目からは、大粒の涙が沢山こぼれ落ちました。
泣いて、泣いて、泣いて・・・
そして、「お母さんはなんて言ってましたか?」と訊くと・・・
「笑ってました。あなたなら大丈夫だから、頑張りなさい!」って言われましたと、素敵な笑顔で答えてくれたのです。
その笑顔が私には忘れられません。私の心に何とも言えない勇気と感動を与えてくれました。
彼女の行動力、ピンクの服、どん底からはい上がろうとする姿・・・
私は、一瞬彼女の母親がいるのではないかと錯覚に陥りました。
「あなたの中には、あなたのお母さんがいる・・・」「あなたの体には、頑張りやでみんなのために努力していたお母さんの血が流れているんです・・・」と言いました。
Aさんとのカウンセリングを通じて、私は多くの感動と希望と勇気を頂きました。
Aさん、ありがとう。
きっと、あなたなら大丈夫。小山の地から応援しています。
「子育てブログ」をぽちっとお願いします。今日は、カウンセリングが3件と相照塾。明日は、朝は県役員会と夜は幹部研修会。明後日は、モーニングセミナーでその後東京で新日本プロレスの山本小鉄さんを囲んでのちゃんこ会。すっごい人達との出会いが続きます。
http://jp.youtube.com/watch?v=QD0TVVWiqlE←聞いてね![]()
![]()
楽しい子育てを広めよう! 2つのランキングに参加中。 上のロゴをクリック、ご協力を!
次の物語は、今朝知り合いの経営者に頂いた文章です。感動したので、皆さんにもお伝えします。
サキちゃんのママは重い病気と闘っていたが、死期を悟ってパパを枕元に呼んだ。その時、サキちゃんはまだ2歳。
「あなた、サキの為にビデオを3本残します。このビデオの1本目は、サキの3歳の誕生日に。2本目は小学校の入学式に。そして、3本目は・・・○○○の日に見せてあげてください。」
間もなく、サキちゃんのママは天国へと旅たった。
そして、サキちゃんの3歳の誕生日。1本目のビデオがかけられた。(ビデオからつないだテレビ画面に、病室のママが映し出される)
「サキちゃん、お誕生日おめでとう。ママ、うれしいなぁ。でもママはね、テレビの中に引っ越したの。だから、こうやってしか会えない。パパの言うことを聞いて、おりこうさんでいてね。だったら、ママ、又会いに来ます」
サキちゃんの入学式の日。2本目のビデオ。
「サキちゃん、大きくなったね。おめでとう・・・。ママ、うれしいな。どんなにこの日を待っていたか。サキちゃん、ちゃんと聞いてね。ママが住んでいるところは、天国なの。だから、もう会えない。でもね、パパのお手伝いがちゃんとできたら、ママ、もう一回だけ会いに来ます。じゃあ、魔法をかけるよ。エイッ。ほうら、サキちゃんは料理や洗濯が出来るようになりました」
そして、3本目のビデオ。
そのタイトルは、こう書いてあった。「新しいママが来た日のサキちゃんへ」
そして、サキちゃんが10歳の時、パパは再婚し、新しいママが来た。
3人一緒に3本目のビデオを見つめた。・・・なつかしいママの顔が映し出された。
「サキちゃん、おうちの仕事頑張ったね。偉かったね。でも、もう大丈夫。新しいママが来たんだから・・・。サキちゃん、今日で本当にお別れです。サキちゃん、今、身長はどれくらい?ママには、見えない・・・。(泣き崩れ、カメラを抱え込む姿が映る)
ママ、もっと生きたい・・・。あなたのために、おいしいものいっぱい作ってあげたい・・・。あなたの成長を見つめていたい・・・。じゃあ、サキちゃん、これがママの最後の魔法です。
ママを忘れて、パパと新しいママと、楽しい暮らしを作ってください。では、魔法をかけます。1、2、3、ハイッ!」
そこでビデオは終わった。
しかし、サキちゃんに、この魔法は効かなかった。
パパと、新しいママにも効かなかった。ママは、みんなの心の中に、ちゃんと残っていた。
そして、今度は、サキちゃんが主役の4本目のビデオが作られたのだった。天国のママに見てもらう為に・・・。
皆さんの感想を聞かせてください。
☆ブログランキングへの協力感謝します。みのる園長は、感動で画面が見えません。がめんなさい・・・。
楽しい子育てを広めよう! 2つのランキングに参加中。 上のロゴをクリック、ご協力を!
私は頭の中でつぶやきました。「変な家だなぁ・・・。玄関を上がる所に柵があり、部屋と部屋の境目には、柵がついている。動物でも飼ってるのかなぁ・・・。」
私は、20代前半の頃、英会話教室の飛び込み営業をやっていました。足立区のある地域を片っ端から飛び込み訪問をしており、一件の古びたアパートの101号室「小野寺さん」を訪問したときの事です。
「ピンボーン。すみません。子供達の教室を・・・」と声をかけると「ガチャ」とドアが3センチほど空きました。「何ですか?英会話?うちは事情があって、通えないので・・・」と閉めようとしたので、「いや、入って下さいではなくて、お家にお邪魔して体験レッスンをさせてもらってるんです・・・。」となんだかんだ20分ほど話して、家に上げてもらいました。
2DKのリビングで、6歳と4歳の子の英語でのカルタゲームを始めました。楽しく、ゲームをしていると、柵が設置してある後ろの部屋から、ドアがガタガタと揺れて「ウ~ウ~ウ~」と何やらうめき声がするのです。お母さんの顔を見ると、暗くうつむいています。
気にすることなく、男の子達とカルタの続きをしていると・・・。柵を開けて私達の方ににじり寄ってくる物陰を感じました。そこで母親が「ダメよ!陽子!」と叫んだのです。私は、ビックリして振り向くと、そこには9歳になる女の子が私に寄りかかろうとしていました。その子は、おかっぱ頭で、よだれをたらし、立つことが出来ないので這って来たのです。重度の障害者でした。
私は、その子の姿を見て、どうしてこの家には柵があるのかが分かりました。正直言って、若かった私は、ビビリましたが、そのままカルタゲームを続けました。所が、陽子ちゃんが私達を邪魔するのです。ウ~ウ~といってカルタをバラバラにしたのです。そして、私の膝の上に乗ってきて、ウ~ウ~とよだれを垂らしました。
母親は「陽子、ダメよ!邪魔しちゃダメよ!先生、ごめんなさい」と私の所から彼女を引き離そうとしました。私は「お母さん、いいですよ。この子も、カルタゲームを一緒に遊びたいんだと思います。この子だって、一緒に遊びたいんですよ・・・・。」といって、ゲームを続けました。しかし、勿論ゲームはめちゃくちゃになり、失敗しました。
私は、絶対に入会してもらえないと思いながら説明をしていると・・・。「先生、分かりました。入会します。下の子2人とも入会させて下さい。」と言ってくれました。「えっ?」と、私はビックリしました。そして、入会申込書を記入してい頂いている時に、申込書の上に大粒の涙が・・・ポタッポタッと落ちたのです。
「すみません。私、、何か失礼なことを言いましたか?」と訊くと「いいえ、嬉しかったんです。うちの長女は重度の障害者で生まれました。知り合いでも家に上げると彼女の様子を見て、気持ち悪がって帰ってしまうのです。だから、私は、他人を家の中に上げないようにしていました。あなたが、外から来た人で家に上げた初めての人です。そして、うちの娘を一人の人間として、扱ってくれました。あなたが、カルタゲームにこの子も入れてくれたこと、うちの子がメチャメチャにしたのに、最後まで諦めずにやってくれたこと。そして、子供達みんなをほめてくれたことに私は、感動しました。この様に重度の障害の子を持っていると、なかなか家から出られません。でも、それは違うって思ったんです。下の子達には、習い事をさせてあげようと思います。宜しくお願いします。」と涙を流しながら話してくれました。
どんな子供でも、この様に生まれてきた命の重さは同じです。好きで障害を持ったわけではありません。その子の立場になったら、夫の立場になったら、妻の立場になったら・・・少しだけ優しくなれるのではないでしょうか?
応援はこちらから→
楽しい子育てを広めよう! 2つのランキングに参加中。 上のロゴをクリック、ご協力を!
今、講演先から帰りブログに取り掛かりました。夕べは、「父親の家庭教育参加を考える集い」での講演、そのまま宿泊し、今朝は「今を輝いて生きる~若さを保つ3つの極秘伝~」というテーマで65才~90才のお年寄り約40人の前での講演でした。
私は、お年寄りの前でさせて頂く講演が一番嬉しく、毎回、感動をします。私の両親、祖父母位の大先輩方が、私の話に耳を傾けて下さり、笑ったり、涙を流して感動して下さるのです。
今日は、講演後に皆さんと昼食をご一緒させて頂きました。私の前の方3人は、90才・88才・90才のゴールデントリオ、隣の方は70歳過ぎの女性の方でした。隣の方と話すと、涙を流しながら「先生の話に勇気をもらいました。実は、私白血病を患っているのです」と教えてくれました。私は「よく、お越しくださいました。ありがとうございます」と思わず手を握りました。
その方は、病院に入院し血液のガンである白血病と戦ってきて、一時はもう戻れないと思ったそうです。髪の毛も全て抜け落ち、かなり苦しんだようですが、老人会に出席した時に仲間が「よく戻ってきたね。よかった。よかった。」とみんなが暖かく迎えてくれたのが本当に嬉しかったと語ってくれました。
そして、私の耳元でこうささやいたのです。「よく、敬老の日にプレゼントをもらうんですけど、私が一番欲しいのは物や金ではないんです。一番欲しいのは愛です」と・・・。私は、こ言葉にジ~ンときました。私は「この会で皆さんが暖かく迎えてくださったことが、本当に嬉しかったんですね」と言うと「はい」とハンカチで涙をぬぐわれました。
私の前に座られた3人のお婆さんは戦争の話を聞かせてくださいました。「今は、白いご飯とおかずがテーブルに並ぶことで毎日がお祭りのようです。昔は、こんなに食べることが出来なかった」と・・・。これまた感動しました。
私は、62年前の青少年と今の青少年の違いをお話します。今の青少年は自らの命を粗末にして、自分の親や他人の命を奪う人もいます。しかし、62年前は生きたくても生きられなかった命があるのです。次の詩を読むと、私達がどのように生きなければならないのかをいつも考えさせられます。
今日の最後に、講演の最後に読む人間魚雷「回天」に乗り込んだ少年の遺書を記載して終わります。
「お母さん、私は後3時間で祖国のために散って行きます。胸は日本晴れ、本当ですよ、お母さん。少しも寂しくない。しかしね、今時間があったので考えていたら少し寂しくなってきました。それは、今日私が戦死する。通知が届く。お父さんは男だから、分かっていただけると思います。が、お母さん、お母さんは女だから、優しいから涙がでるのではありませんか。また、弟や妹達も兄ちゃんが死んだといって寂しく思うでしょうね。こんなことを考えていたら母さん、私も人の子、やはり寂しい。
しかし、お母さん考えてみて下さい。今日私が特攻隊で行かなければどうなると思いますか。戦争が日本本土まで迫って、この世で一番好きだった母さんが死なれるから私が行くのですよ。母さん、今日私が特攻隊で行かなければ、歳をとられたお父さんまで銃を執るようになりますよ。
だからね、母さん、今日私が戦死してもどうか涙だけは耐えてくださいね。でも、やっぱりだめだろうなぁ。お母さんは、優しい人だったから。でも、お母さん私はね、どんな敵だって怖くはありませんが、やはり母さんの涙が一番怖いのです。」
皆さんは、今日一日、生きられることに、心の底から感謝していますか?
応援はこちらから→
楽しい子育てを広めよう! 2つのランキングに参加中。 上のロゴをクリック、ご協力を!
「冷たいなぁ・・・。心臓が止まったらどうしよう・・・。」30代の頃、毎月、空手の師匠と共に栃木の山奥に行き滝行を4年間やりました。山の湧き水?はすご~~~く冷たいのです。滝に入り冷たさ故に呼吸が苦しくなり、5秒ともたない人もいます。夏は、大水で滝に入れず吹き飛ばされる事や、滝から上がると両肩に赤い点々が沢山出来て、内出血している時もありました。
正直に告白すると、3年間は辛いだけでした。大きな声で気合いを入れて入るのですが、本当に辛い・・・。自分との戦いでした。ところが・・・・、
3年経ったある日、いつもなら、滝に入る直前に大きな気合いを入れて入るのですが、その日は不思議と「死んだら死んだでそれも人生だ・・・」と恐怖心を受け入れて、心を空白にして合掌しながら入ったのです。
滝に入ると冷たくて、いつものように血管が収縮し、呼吸が苦しくなりました。いつもは、突きを1000本やってごまかすのですが、その時の私は、何もせずにじっと冷たさを受け入れ、観念して、その場で座禅をしたのです。
「辛い、冷たい、苦しい」の世界を頭から追い出して「受け入れる、感じるままに、自然と一体になって」と心をギューとするのではなく、解放していったのです。そしたら・・・
不思議と、水が温かく感じて、岩や水が私の身体を包んでくれて、話しかけてくれる気がしました。身体が軽くなり、目の前が明るくなって、ふわぁって気持ちよくなったんです。その気持ちよさをずーっと感じていて、はっと気付くと「母親の胎内」に浮かんでいる自分を感じました。「何てきもちいいんだろう~」そう感じた瞬間に、涙が止めどなく溢れてきたのです。
しばらくして、「鈴木くん!大丈夫か?」周りの人が心配して、私を呼びに来てくれました。私は、目覚めて滝から出るときは、身体も冷え切り、立つことが出来ずに、這って滝から出てきました。出た瞬間、周りの岩に抱きついて「ありがとう」と言って大泣きしたのを覚えています。後で聞いたのですが、実に40分間も入っていたそうで、死んだじゃないかと心配して見に来てくれたのだそうです。
私は、この体験から3つのことを学びました。
1,自分の記憶にないだけで、実は自分は「愛されていた」「沢山の愛をもらってこの世に生まれてきた」と言うこと。
2,物事をありのまま受け入れて、それを感じることにより気付きが生まれると言うこと。
3,自分に降りかかる苦難は「自分の受け止め方で変わる」と言うこと。
この体験から、生きるのが楽になりました。自分は愛されていると実感できただけで、心は「感謝」に満ちあふれ、「自分は生まれてきてよかったんだ」と心の底から思えるようになったのです。皆さん!私達は自分一人の力で生まれてきたのではありません。
10月10日、自分を大切に守ってくれて、自分の命を懸けてこの世に生み出してくれた人がいる。どんなに嫌な思いでがあったとしても、命を懸けて生み出してくれたことには変わりはありません。そして、乳飲み子の私達のおむつを取り替え、乳を与えてくれた人がいる。世話をしてくれた人がいて、今の自分が「ここ」に存在するのです。
自分は一人だなんて思わないで。どうせ自分は愛されていないなんて思わないで。あなたを愛している人がいます。それに、気付いていないだけかも知れません。あなたは、この世に二人といない大切な存在なのです。もし、自分は一人ぼっちと感じていたら、誰からも感謝されていないと思ったら、大間違い。少なくとも、みのる園長はあなたに感謝しています。今日も、このブログを開き、読んでくれたなたに心から感謝します。ありがとうございます。これからも一緒に、生きていきましょうね。
楽しい子育てを広めよう! 2つのランキングに参加中。 上のロゴをクリック、ご協力を!
「来週、沖縄に行くからよろしくね。鳩間島という所に行きたいんだけど、どうしたらいいかわかる?」と沖縄に住む知り合いに電話をすると「えっ?鳩間って?どこですか?」という答えでした。「何でそんなところへ?」と訊かれたので「自分で会社を興すに当たり、今までの垢(あか)を落としたいんだ。この際、教育の原点を探しに行きたい。以前、TVで宮本亜門さんが問題を起こした子供達が離島留学している番組を見たことがあって、それが、確か鳩間島だったと思うんだけど・・・」
私は、ホテルの予約も取らずに沖縄に飛びました。羽田空港→那覇空港→石垣島→西表島→鳩間島という道のりで、1日では着きませんでした。島民は50人ほどの離島です。
そこにある、鳩間小中学校の生徒数は14人。教職員は3人で、生徒の11人は本島からの離島留学者、3名は先生の子供という内訳です。見学をしてビックリしたのは、不登校や問題を起こした子供達と聞いていましたが、カウンセラーも医者もいない、コンビニもない不便な場所でも、みんな元気で、子供らしく、いきいきとしているのです。
そこにあったのは、「大自然」と「人の温かさ」でした。週に2回しか、郵便船が来ない不便な島です。夜が来れば暗くなり、台風が来ればじっと耐えるしかないという大自然の中では、人間はちっぽけな存在であり、協力しないと生きていけません。
子供達が砂浜で野球をして、打ったボールが海に入ると、たった1つのボールを粗末に出来ないので、海に取りに行くのです。珊瑚で足を切ると、島の人達みんなが心配をしてくれるのです。島にいる唯一の若者は学校の教員なので、青年団として島の活動にも協力し、島の運動会は、学校との共催。島民と学校とが協力して、子供達をみんなで育てています。
この島では、突っ張る必要はありません。自分を必要以上に飾る必要がありません。あるのは、他人との比較や競争でなく、自分らしくいられる環境と協力する人達・・・。自然の中で、自然に生きると子供達は、誰でも素直になれる。誰でも島の一員として、自然の畏敬を感じながら、甘やかされることなく、放っておかれることなく淡々と暮らしているのです。
私は、カウンセラーですがカウンセラーの必要な社会は、不自然だと思いました。問題は、人間の不自然な心が作り出している。私は、大自然の前では、人間は素直になれるという事を学びました。
太陽は私達の頭の上に、誰にも平等に光を注いでくれます。空気や水も、私達の命を活かしてくれています。私達は、感謝しているでしょうか?自然を大切にしているでしょうか?自然体という言葉があるように、私達も自分の我が儘や我を捨てていき、自然体に戻る時期が来ているのかも知れませんね。
*折角、沖縄に行ったので喜納昌吉さんの「武器の変わりに花を!人の心に歌を!」というテーマのライブに行きました。「花」を聞いた時に涙がこぼれました。
楽しい子育てを広めよう! 2つのランキングに参加中。 上のロゴをクリック、ご協力を!
アドラー心理学を使って子育てをしているAさん。小学校1年生の子が夏休みの宿題で書いた読書感想文です。少し長いですけど、皆さんに読んで頂きたくて全文紹介します。
「私は千さいまで生きたい」この本をよみおわったあと心からそう思った。そのことをお母さんにはなすと、お母さんは、やさしいえがおでうなづいてくれた。ほかの人は「千さいなんてないよ」とわらった。でも、お母さんは「とってもうれしいな。ありがとう。」と言ってくれた。
この本に、「いのちは自分のもっている時間だ」とかいてあったけど、ほんとうにそうだなあとジーンときた。どうしてジーンときたかというと、そのとき、お母さんのことばをおもいだしたからだ。 私のいのちのはじまりは七年前、お母さんのおなかの中ではじまった。お母さんは、その時のかんどうや、うまれてきた時のこと、そして小さかったころのことをよく私にはなしてくれる。そして「うまれてきてくれてありがとう。いてくれるだけでしあわせなの。だいすき。」って私をだきしめてくれる。なんだか、とってもあんしんして、心があったかくなる。
私は、自分がどんなふうにうまれてきたのかおぼえていない。でも、お母さんがいっぱい話しをしておしえてくれる。それに、いもうとがうまれる時、おなかの中でどんどん大きくなっていくところや、うまれるしゅんかんをみることができた。とってもかわいくて、うれしくて、すごくて、すごくかんどうした。その時、いままでよりも、もっともっと、いのちのたいせつさがわかった気がしたし、うんでもらったことにかんしゃした。そして、じぶんがうまれてこれたことが、うれしくてうれしくてたまらなくなった。
いま、私は六さい。六年のあいだ、いろんなことがあった。かなしいことや、くやしいことがいっぱいあった。でも、それよりも、たのしいことやうれしいことがいっぱいあった。これからもいろいろなことがあるとおもうけど、この本にでてくるみんなとおなじように、これからもいままでみたいに、生きていけることのうれしさをかんじて、げんきにいきていきたいとおもった。
いのちがあるだけですばらしいんだよね。しっぱいもたくさんするかもしれないけど、じぶんのいのちを大きくするんだとおもってバンザイするよ。どんなことがあっても、じぶんのことダメだなあっておもわないよ。だって、あいされていのちをもらったんだもん。
お父さん、お母さん、そしてみんな、いのちをありがとう。ぜったい、たいせつにするよ。そして私もおとなになったら、赤ちゃんをうんでお母さんみたいになるよ。いまの私みたいに、じぶんのこどもがうまれたら、その子がいまの私みたいに、うまれてきてよかった。いのちをありがとう。とおもえるように、たくさんのしあわせをあげたい。もちろん、お父さん、お母さん、みんなにもこれからたくさんのしあわせをあげたいな。ありがとう。いのち。うまれてきて、ほんとうによかったっておもっているよ。せかいのみんなが私みたいにおもってくれるとよいね。
これは、生まれて6年しか生きていない子供が書いた文章です。皆さんは、この感想文を読んで何を感じられましたか?コメントをお寄せいただければ、嬉しく思います。
楽しい子育てを広めよう! 2つのランキングに参加中。 上のロゴをクリック、ご協力を!
「いいか、みのるぅ!お金とか名誉なんかよりも、ずっとずっと大切なもんがあんだかんなぁ。それは、人様に喜ばれるように一生懸命尽くす事だど!」と茨城弁なまりで語るのは、元消防署長を務めた叔父の話です。
叔父は20年ぶりに、入院している東京の恩師に会いに、当時の職場の仲間10人とレンタカーを借りてお見舞いに行きました。80歳を過ぎたその方はリンパ癌で、聞くと結構大変なようでした。恩師は、20年ぶりに10人もの部下達が遠く茨城県から会いに来てくれたことに、感動をして声を詰まらせ、一人一人と涙まじりの握手をしたそうです。叔父は「こんな風にひどり、ひどりと握手をして、そりゃあ、もう・・・、感動したど・・・・・・」と涙を浮かべて、声を詰まらせながら話してくれました。
「いいか、みのる!金なんかいくら持ってたって、名誉なんかいくらあったって、最後には何の役にもたたねぇかんなぁ・・・。金がなくなって、名誉がなくなったら、人は寄って来なかっぺよ。んだども、若い内に一生懸命人様のお役に立つと、それが年を取って返ってくんだ。20年経って、いぐら距離があっても、10人の部下が会いに来るような人間になんなくっちゃだめだかんな。若い内に、人様のため!って一生懸命つくしたかん、こうやってその人のとこさ、集まんだっぺ!」
私は「おらぁ、現役を引退して6年にもなるんだけんども・・・」と言いながらも、未だに熱く語る叔父の姿にとても感動しました。大切なのは、何を持っているかではなく、どう生きたかだ!とも言っていました。私達親も、「父ちゃん、母ちゃんは偉くはないかも知れないけれど、人様のために一生懸命生き抜いたぞ!」という後ろ姿(生き方)を子供達に見せたいものです。
そう言えば、8月23日に「家族会議」と言うテーマで書きましたが、今も約束は守られています。それぞれの子供達が自分たちで決めたルールを守り、パソコンを利用しあっている姿に感動しています。お姉ちゃん達は料理や勉強、色々な事を始めたようです。今日、帰ったら家族全員を集めて、感動していることを伝えたいと思います。それと、君たちと家族でいられることに感謝しているということも・・・・・。
「お金や名誉より大切なもの」をこれから時間をかけてお互い、築き上げて行きましょうね!読んでくれた読者の皆さんに感謝します。有り難うございました。
楽しい子育てを広めよう! 2つのランキングに参加中。 上のロゴをクリック、ご協力を!
友達から聞いた四国に住むある老夫婦の話です。
お婆さんが癌の宣告をされ、余命3ヶ月と診断されました。お爺さんは、「何か俺にしてあげられることはないか?」と訊くと「お爺さんと初めてデートをしたメリーコーランドにもう一度乗ってみたい」と答えました。その会話を訊いていた子や孫達がディズニーランドの宿泊付きチケットをプレゼントしたそうです。
ディズニーランドについた二人は早速、メリーゴーランドの乗り場に行きましたが、機械調整のため動いていませんでした。そこに立っていた青年に「メリーゴーランドに乗りたいのだが・・・」と伝えると「申し訳ありません。本日このアトラクションはお休みを頂いております」と言いました。お爺さんは、今回が最後の旅になる事や子や孫達がこのチケットをプレゼントしてくれたことを伝えました。
青年は、その話を聴いてボックスから誰かに電話をしました。しばらく待っていると青年が戻って来て「ご迷惑をおかけしました。メリーゴーランドは動くことになりました。どうぞ、お楽しみ下さい。又、本日は私どもディズニーランドへ遠くからお越し下さいまして有り難うございました!」と深々と頭を下げて、二人を中に案内したのです。
カボチャの馬車に乗りたいというお婆さんの希望もあり、二人を馬車に案内した時、その青年は彼らの前にひざまずき「私の膝を踏み台にお乗り下さい!」と言いました。老夫婦はズボンが汚れてしまうから申し訳ないと断ると、青年は「私のズボンの汚れは、洗えば落ちます。私は、二人の大切な思い出づくりの場所としてここを選んで頂いた事が最高に嬉しいのです。これが今の私にできる精一杯の事です。どうぞ!」と言いました。
2人は合唱しながら、彼の膝を踏み台に馬車に乗り、二人はしばし感動の時を過ごしたそうです。帰り際、メリーコーランドから遠ざかる2人に対して青年は「おじいさ~ん!おばあさ~ん!又、来てくださいね。私は、いつでも待っていますから、絶対にきてくださいね!約束ですよ!」と両手を振って叫んだのです。老夫婦は、何度も何度も青年の方を振り返り、「有り難うございます」と合唱しながらその場を後にしたそうです。
その青年がした「今の自分に出来ること」の姿勢が2人を感動させたのです。私達も、諦めたり、腐ることなく「今の自分に出来ること」を心がけていきたいですね。
「人生には3つの坂がある。1つは上り坂、2つ目は下り坂、3つめはまさかです」と言われたことがあります。私の人生にまさかなんて起こりはしないと思っていました。
しかし、そのまさかが突然やってきました。昨年4月、直進で交差点を走っていると、前方から車が右折して私の運転席に突っ込んできました。「まさかっ・・・!」と思った瞬間に、大激突。救急車で運ばれて、8時間に及ぶ手術。右肘の柱頭骨折と右肩の脱臼骨折、全身打撲。生まれて初めて40日近い入院生活を送りました。
手術前日に、ドクターに呼ばれ思ったより症状がひどく手に負えないので、大学病院から専門の先生に執刀を御願いしたとのことでした。担当医師から2つの選択を迫られました。
1つは、人工関節にするか、50%の確率で再手術になっても骨盤からの移植をするか?という事、もう1つは25年続けてきた空手道は二度と出来ないと宣告された事でした。従来の私なら、ショックを受け、相手を恨み、自暴自棄に陥っていたかも知れません。現在、私の右肩は人工骨頭になり、元の様には動きませんが、幸せです。左手が活躍してくれているし、周りのやさしさも知りました。痛みは365日24時間ありますが、お陰で生きている実感を常に感じています。
空手の方もやり続けています。専門家に出来ないと言われても、右手を使わずに空手の稽古に励んでいます。お陰で、今までにない視点から技を研究することが出来ました。人生を振り返ると、DVの親のお陰でカウンセラーになったし、教育の道を志すことが出来た。そして、母を守るために空手道の修行に入った。勉強が出来なかったお陰で、社会に出て苦労を味わい勉強の有り難さを知ることが出来ました。見方を変えれば、私の人生は全て感謝の人生です。人間として、生まれてきただけでツイてますよね。皆さんは、いかがですか?
楽しい子育てを広めよう! 2つのランキングに参加中。 上のロゴをクリック、ご協力を!
「言われたら早よ動かんか!身心相即やでぇ!」と子供達を熱心に指導をしていたのは、伊丹市の丹養塾幼児園の故吉田良次園長です。
農家を改築しての寺小屋園舎には、15人ほどの幼児が読み書きそろばんと古典を中心に園生活を送っていました。先生は、子供がだらだらしていると「身心相即やでぇ!」と言って子供を厳しく叱るのです。私は「先生、どうしてそんなに厳しくするのですか?」と尋ねると「鈴木先生、(きょうべん)とはどう書くかわかるか?」「教える鞭と書くんやで」といわれました。
それでも、納得いかなかった私は「先生、納得できません。分かるまでいさせて下さい」と食い下がりました。3日目の晩に、「先生が何故そこまで厳しくするのか、まだ分かりません」というと、先生はある子の事例を話してくださいました。
それは、ある3歳で入園してきた女の子の話です。その子は、のんびり屋で言われてもなかなか行動しませんでした。例によって厳しく身心相即を指導する園長に、母親は納得しないで卒園を迎えたそうです。彼女が入学したのは大 阪教育大学付属池田小学校でした。ある日、見知らぬ男が学校に侵入し、子供達と教師を殺害しました。第一通報者は女子生徒。その子は、男が教室に入ってきた瞬間、気配を感じて犯人をかわして逃げ、コンビニに助けを呼びに言ったのです。その第一通報者とは、吉田園長に「身心相即やで!」と怒られていたあの子だったのです。その晩、母親は園長に電話をして「先生、身心相即の意味が分かりました!あの第一通報者は家の子なんです!うちの子は、自分の命を守る事が出来ました。そして、他人の命も・・・」と泣きながら語ったそうです。
園長は私に「子供は、わしら日本の宝や。命を懸けて育てにゃあかんのや」といいました。「気づいたら、すぐ行動する(身心相即)」の凄さを知ると共に、園長の資財を投げ打ち、自分の命を懸けて子供達を教育する姿に衝撃を受けました。栃木に戻った私は、幼児園を創立するに至ったのです。吉田先生の思いを受け継ぐ為に・・・。
楽しい子育てを広めよう! 2つのランキングに参加中。 上のロゴをクリック、ご協力を!
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
英語の体験レッスンにある親子が来ました。3歳の男の子と1歳の女の子。妹の方は、よだれをたらし、何の声も上げません。その子は、母親の腕に抱かれてうつろな目をしており、鼻から管が通されていました。
生後まもなく病気にかかり、脳の機能の大半は失われ、重度の障害者となったのです。そして、夫婦関係は最悪、本人は鬱病も煩っていました。母親は「この子は、医者からも夫からも見放されたんです」と言いました。私は「お母さん、この子は私達の会話も今日の様子も分かっていますよ」と言うと「えっ?」と聞き返しました。「この子は、病気で殆どの機能が奪われましたね。しかし、心は生きています。わかっていても、表現する能力が奪われたので、独りぼっちの暗闇の世界で一生懸命(私はここにいる!)、訴えてますよ!体験レッスンで、この子のかすかな呼吸の変化や指先の微妙な動きを私は感じました。この子は、わかってるんだなぁと感動しました。
お母さんは、この子は植物状態だけど、心の中は普通の子と同じで生きていることをわかっているでしょ?」と言うと、母親は泣きながら「はい、わかってします。でも、それを言っても誰も理解してくれなかった。先生がわかってくれた初めての人です」と言葉を詰まらせながら話してくれました。私は「お母さん、この子は誰にもわかってもらえなくて暗闇で独りぼっちの状態です。でも、お母さんがこの子の目で見て、この子の耳で聞いて、この子の心で感じてあげたら、この子は(わかってくれた!)って喜ぶでしょうね。お母さんが、灯りとなりこの子を照らしてあげてください。」とお伝えしました。
私達も、子供がどんなに小さくても、過小評価せずに、一人の人間として子供達を尊敬、信頼して共に生きていきたいものです。
楽しい子育てを広めよう! 2つのランキングに参加中。 上のロゴをクリック、ご協力を!
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
「日本人ですか?」と4~5年生の女の子達6人位に囲まれ、日本語で質問されました。
モンゴルの小学校の玄関をくぐり、私が日本人だとわかった子供達は興味ありげに近づいてきて、日本語で質問してきたのです。その後、「Can you speak English?」と英語でもバンバン質問が飛んできました。
聞くと、この学校では小学2年から週1回英語と日本語の授業をしているというのです。現地の先生に聞いてみると、ネイティヴの先生はおらず、教材もないに等しい、音響器具もない中で、なぜこんなに出来るのか不思議だった私は、早速授業を見学させてもらいました。授業の終わりに生徒達と交流をすると、ある女の子は「将来は日本の大学に行きたい」と熱く夢を語りました。「どうして?」と尋ねると、「日本の大学を卒業して、アメリカに渡り、貿易会社を作って社長になり大金持ちになりたい」と言うのです。
更に「どうして?」と訊いてみると、「私の国は、貧しい。私の両親はゲル(テント)に住んでいます。だから、お金持ちになったら両親に家を建ててあげたい。日本のように、頑張って経済大国になってこの国を救いたい!」と目を輝かせて言うのです。私の心の中に、熱いものがこみ上げてきました。日本には、塾も学習教材もあらゆる物がそろっているけど、子供のやる気が薄いように感じます。
モンゴルの子供は、貧しい環境で裕福ではないけれど、家族や祖国の為にと言いつつ、夢を持ち「本気」で勉強してます。子供の手本となる私達が、夢を持って汗を流して輝いて生きている姿、家族を大切にする姿をを見せて、「私もお父さん、お母さんみたいになりたい!」と言われる大人になる必要があると痛切に感じました。「夢や目標」は人のやる気を引き出してくれます。あなたの「夢」は何ですか?
楽しい子育てを広めよう! 2つのランキングに参加中。 上のロゴをクリック、ご協力を!
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
「生まれた日は、本当はお母さんに感謝する日なのです。なぜなら・・・・・あなたの為にお母さんが一番頑張った日だから」という詩を数年前に読んでから、自分の誕生日には妻、子供、両親、社員など身の回りの人達に心ばかりのプレゼントをするようにしている。
昨年の私の誕生日は、特に格別な日であった。なぜならば、その年の4月に大きな事故に遭い、全身打撲と右腕を2カ所骨折、右肩は人工関節となり、周りの人達に大変な心配をかけたからだ。その日は、朝からカウンセリングなどで時間がとれずにいたが、昼食時間だけ抜けだし、母親の元へ車を走らせた。
母は19歳で私を生み、ドライブインを切り盛りしながら、大変な苦労をしてここまで私を育ててくれた。店に入ると、今日に限って一人もお客さんがいなかった。「こんにちは!」と入ると、母もいなかった。少し待っていると、裏戸から入ってきた母が私の顔を見て「あら、みのる・・・そうだ、今日は誕生日だったわね」と言った。私は、母の顔を見たらジワ~と涙がこみ上げて、まるで子供の頃のように大粒の涙を流して母親に抱きついた。「お母さん、有り難うございました。お陰で、42歳の誕生日を迎えることが出来ました。心配かけて、ごめんなさい」母も嗚咽を上げて泣きながら「生きているだけで良かった。生きていただけで良かった」と泣いてくれました。店の真ん中で40過ぎの息子と60過ぎの母親が抱き合いしばらくの間、涙を流しました。
自分は、一人で生まれてきたんじゃない。自分を支えてくれている人がいて、「今・ここ」を生きているんだと思うと、感謝と勇気がわき上がり「やる気」の原点がここにあると実感することが出来ました。あなたも、決して独りぼっちじゃありません。あなたを信じて、支えてくれた人に感謝してこの「二度とない人生」を生きていきませんか。
p>
楽しい子育てを広めよう! 2つのランキングに参加中。 上のロゴをクリック、ご協力を!
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
「先生、カウンセリングを御願いしたいんですけど・・・」東京に住む若いお母さんから涙声での電話であった。
2人兄弟の長男がADHDの診断を受けたのだという。早速、小山に来ていただきカウンセリングを始める。聞いてみると、独身の頃から苦労を重ねてやっとつかんだ結婚生活であったが、長年子宝に恵まれず親戚中から非難の声、やっと生まれた長男は未熟児で、しかも2歳近くまで余り言葉を発しなかった。
周りから心配される度に「私の責任だ」「こんな私がいけないんだ」と自分を責めてきたという。私は、最後に一言「お母さん、今まで本当に頑張ってきましたね。」と声をかけると、嗚咽を上げて泣き始めた。
それから、一週間後、その母親からの電話が鳴った。「先生ですか?奇跡が、奇跡が・・・」と電話口で泣いている。「どうしましたか?」と尋ねると、「スーパーでいつもの如く走り回り、迷惑をかけた息子をいつも追いかけて注意していましたが、この日は何故か息子の手を握り、目の高さに座って、(楽しそうね。お母さん、あなたのその笑顔が大好きよ。今までわかってあげられなくてごめんね)と子どもに伝えたんです。
そしたら、名前を呼んでも振り向いたことのない子が、名前を呼んだら立ち止まり、私を見てくれた。少し、行動に落ち着きが見られる様になったのです」と言ったのです。お母さん曰く「先生に話を聴いてもらって、認めてもらったら心に余裕が出来て、その分子どもを受け入れることが出来たのです」と言いました。
「お母さんの愛が届きましたね」と言うと、又うれし涙を流されていました。母親は子どもの心の安全基地です。子どもをどうにかする前に、母親を支える必要があると痛切に感じています。皆さん、お母さん達の話や頑張り、心の声に耳を傾けてあげませんか?
楽しい子育てを広めよう! 2つのランキングに参加中。 上のロゴをクリック、ご協力を!
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
「どこ行くんだ!座ってろ!」「だって、俊くんが可哀想っ。助けてあげなきゃ、みんなの見せ物になっちゃう・・・。」「いいから、座ってろ!俊が自分で走りたいって言ったんだ!あいつを信じて、最後まで見守ってやるのが親の努めじゃないのかっ!」
夫は、助けに行こうとする妻の手をつかんでこう叫んだ。この夫婦の一人息子である俊君は障害者であり、40mしか歩くことが出来ない。しかし、彼は生まれて初めて小学校の「運動会」の80m競走に出たのだ。全員が走り終わり、グランドに目をやると俊君がガッチャン、ガッチャンと補助器具をつけて一人で歩いていた。会場はシーンと静まりかえり、彼の歩く音が響き渡る。
彼が40mにさしかかった時、1年生の保護者席から鉢巻きをした見知らぬ保護者が「俊くん、がんばれっ!俊くん、がんばれ!」と一人で声援を始めた。会場は、「俊君、頑張れ!」の大合唱になり、彼が40mまで来た所で、4年生全員が彼を取り囲み、一緒にゴール目指して歩き始めた。ゴールでは、校長と担任がテープを張って待っていた。
40mしか歩けないはずの彼が、みんなと一緒に80mを歩いた瞬間だった。「やったぁ~!」と保護者も子供達も全員が総立ちとなり、喜び合い、涙を流した。この母親はこう言った。「障害があっても自分のベストを尽くして、沢山の人に感動を与えた息子が誇りです」と。私達も、人と比べて、勝った負けたの「NO,1の子育て」ではなく、その子なりの輝きを放てる「ONLY1」の教育をして行きましょうね。
楽しい子育てを広めよう! 2つのランキングに参加中。 ご協力を!